どーもしゅんちゃむです!
以前呟いたツイートの引用です。
【工場の残業あるある】
✅残業の感覚が麻痺する
①今までずっと定時だったのに毎日残業が1時間になった時、その1時間が拷問の如く苦痛に感じる。
②しばらく2時間越えの残業を繰り返していると、たまにある残業が1時間の時が嬉しくてみんな笑顔で作業をする。
残業時間に波がある部署はこうなる⚠️
— shuncham (@Shunchum) September 17, 2020
社会人になり仕事をする上で改めて気づいた「慣れ」という事の凄さ。
良い意味でも悪い意味でも慣れというのは何かを行う上で自分に大きな影響をもたらします。
今回は僕が会社に勤めて改めて知った「慣れの良さ」と「慣れの悪さ」に分けてその影響力を紹介します。
良い慣れ
人は物事を学んだあと、すぐそれを完璧に実行するというのは割と不可能に近いものがありますよね。。
でもそれを毎日続けることでその動作や考えを体に染みつけることができます。
まずは良い例から見ていきましょう。
現場の仕事は慣れだけでほぼ極まる
現場に関していうと慣れ9割センス1割といったところですね(笑)
よく、自動車工場にある生産ラインの映像とかで作業者が細かい作業をしていたり、
重たいものを持って器用に組付けたりしているシーンがあると思います。
一見センスやスキルが問われそうですがあれらはほぼ全てが慣れで完了します。
僕自身も初めて工場の生産現場(組付けライン)を訪れた時は、「これ、まじで自分がやるの?」という感じでした。
そして実際に初めてその作業に着手したその瞬間1割のセンスが試されます。
センスのある人は多少ぎこちなさがありつつも難なく組付けられちゃいます。
ただ、ほとんどの人が時間がかかりすぎたり、組付け以外のトラブルが起きたりという感じで僕も最初は作業者としての機能を果たしていませんでした。
それでもその作業を1日、1週間、1ヶ月と繰り返し行っていると「慣れ」の効果で作業が手や体の動きに染みついてきます。
すると次はそれ以外の目標を目指し始めます。例えば、一時間当たりの生産数。
それまでは1時間で100個しか作れなかったものを110個作れるように頑張り始めるんです。
トヨタ系列の自動車工場であればほとんどの現場に生産管理板という時間当たりの計画数及び、
目標個数が記されています。
目標に対し実際の出来高がそれを上回れば黒字での記入、未達であれば赤字での記入をされるんで、
作業が慣れてきたら次は黒字を目指し始めちゃったりもします。
人とのコミュニケーションも慣れ
人とのコミュニケーションにも慣れは存在します。
職種にもよりますが、仕事をする上で人間関係というのは切っても切れないもので、自動車工場なんていうと手先の器用さが求められると思いがちですが、そうではなくほぼ人間関係で全てが成り立っているといっても過言ではありません。
色々な性格の人と付き合っていく中でも慣れのおかげでその人がどういう性格で何を言ったら機嫌が悪くなるのか?逆にどういう対応をすれば自分にとって協調的になってくれるかなどが分かるようになります。
悪い慣れ
もちろん「良い慣れ」が存在する以上、「悪い慣れ」も存在します。
しかもその慣れに自分自身が気づいてない可能性もあるので要注意が必要です。
横着をするようになる
人間物事に慣れてくると、自ずと横着をしようという心が芽生えてきます。
正直工場の現場なんて横着だらけです。(周りからは分からない程度ですが)
そもそもここでの「横着」とは正しいやり方、すなわち標準作業に逆らった作業方法を指しています。
例えば自社では製品を棚に格納する際に、格納する棚の品番と格納する製品の品番を照合し、一つ一つ格納していきます。しかし、作業に慣れてくるとこの「一つ一つ」という作業が非常にめんどくさくなります。
それゆえ、3箱をまとめて一気に格納をしてしまうという標準作業と異なった作業を行う事になるのです。
ちなみにこの横着から予測される安全ヒヤリ及び品質ヒヤリは2つ。
①3つ製品の箱を重ねた状態だと、照合が厳かになり3箱の製品の内、1箱が異品番であっても気づかずに格納してしまう恐れがある。
②3箱積み重ねたことによりバランスが不安定になり製品が荷崩れを起こし、足を怪我する。
正直忙しい中そんなことやってられない感もありますが、一応現場の決まりで「標準作業に基づいての作業を行う」となってるんですよね。。
労働に対する耐性の絶対値が変わる
「労働に対する耐性の絶対値が変わる」個人的これが最も自分にとって危険な慣れなんじゃないかなと思います。
説明すると、残業あるあるで例えば毎日残業1時間をしているラインがあるとします。
作業者の心境としては「今日も1時間かぁ~。たまには定時で帰りたいなぁ~。」と思いつつも無駄に残業時間を延ばしたくないのでその1時間はしっかりと生産に励みます。
しかし、月が変わり生産数に大きく変動があり毎日の残業が1時間から2時間になったとします。
僕自身の経験も兼ねてですが、生産ラインの作業者からすれば残業時間が1時間延びるというのはかなり苦痛です。
ところがその残業2時間が毎日続くとどうでしょう?
残念な事に人はその労働に対しても慣れを覚えてしまします。
つまり2時間の残業が当たり前になりすぎてそれを苦と感じなくなってしまうという事です。
一方で身体にはその分の疲労が蓄積されていくので、メンタル的には「これくらいなら大丈夫」と思っても体調を崩したり、寝れなくなったりと健康被害を被ることになります。
まとめ
「慣れ」という言葉は人が生きていく上でとても重要で切っても切れない存在です。
それゆえにその危険性に気付かない、または気づこうとしない自分がいるのであれば今一度自分が行っている「慣れ」を見直してみるべきです。
自分が当たり前、もしくは良いと思ってやっている慣れの作業や行動が実は自分や他人にとってはそうではない可能性があります。
よく生産ラインの改善活動の際に、必要な情報として作業者が慣れで行っている作業はないかどうかを確認する事があります。
つまり、生産以外でも何かを改善しようとする際には、まず自分が何気なく慣れで行っている行動を見直すことで意外な発見があるかもしれません。
「灯台下暗し」
であれば、
「灯台下を照らした時、そのたもとに宝あり」かもしれませんね。